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2011年9月2日金曜日

◆世界の英語事情/中国の英語普及の状況

最近は海外のあちこちで、それなりに英語が通じるようになってきて
いるのですが、中国だけは例外です。

せっかく海外に来ていても中国の場合は、ほとんどの場所で英会話の
練習をすることができません。


中国の英語事情
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なぜなら、一般の人はほとんど英語が話せないからです。

大学生でもほとんど話せないし、高校生はまったく話せないと思いま
す。

話すことに関しては、どちらかというと日本と少し似ているかも知れ
ませんね。

ですが日本の場合、英語の必要性に対する認識が高いため、リーディ
ングや文法などについては、中国の人よりずっとレベルが高いと思い
ます。


中国で数少ない英語が話せる場所
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そのように英語がほとんど通用しない中国ですが、唯一確実に英語を
話すことができる場所があります。

どこかというと「高級ホテル」です。
しかも外国人のよく宿泊する4つ星以上のホテルですね。

そこには必ず英語が話せる人がいます。
そのホテルのフロントカウンター、レストラン、バーコーナーなどに。

わたしが良く出入りしていたホテルでは、バーコーナーに行くと大き
な丸いカウンターが中央にありました。

そして、その回りにボックステーブルが8つほど配置されていました。


ホテルバーコーナー
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わたしはいつも中央の丸いカウンターに座ります。
なぜかと言うと、カウンターの中には常時スタッフが入っていて、オ
ーダーに対し速やかに反応することと、何よりも会話ができるためで
す。

バーコーナーには多くの欧米人の宿泊客が来て、食事をしたりお酒を
飲んだりします。

そのためほとんどのスタッフは英語を話せるようになろうと、毎日一
生懸命勉強をしています。


語学試験特別手当
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その中で胸にアメリカの星条旗のバッジをつけた人がいます。
その人は毎年行われるホテルの英語の語学試験に通った人なのです。

そのホテルの場合は、英語の試験に通ると星条旗のバッジをくれて、
日本円にして5,000円くらいの特別手当がもらえるとのこと。

胸に日の丸のバッジをつけた人もいました。そうです日本語の試験に
通った人です。こちらも同じように特別手当がもらえるとのこと。

両方のバッジを付けた人も何人かいました。

わたしはお酒を少しずつ飲みながら、そのスタッフと英会話を練習し、
そして日本語を教えて中国語を教えてもらうということもしていまし
た。

おかげで中国語も話せるようになり、友人もたくさん作ることができ
ました。


すべてのきっかけは、英語が話せるようになったおかげです。

もっともっと英語に上達して、さらに活動範囲をグローバルに広げて
行きたいなと思っています。

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2011年7月6日水曜日

◆中国常平のかけすクラブで英会話を・・

常平というのは中国広東省東莞市の中の大きな街の一つ。東莞市が一千
万近い人口であり、この常平は恐らく5百万人は下らない街で、日本人
も千人近く住んでいると思われる街である。

自分の出張先はその街より車で15分くらいのさらに少し小さい街で、
木曜日の仕事あとに常平の大きなホテルの1階にあるクラブに、会社の
同僚と飲みに行ったときの話です。

そこには二つのフロアーがあり、一つは4人掛けの丸いテーブルで、お
酒を飲みながら話をしたり、大きなプロジェクションテレビを見ること
ができるコーナーで、よくサッカーやバスケットボールの試合が放映さ
れていることが多いようです。

もう一つのフロアーは日本人カラオケのコーナーになっていました。

当日は久しぶりにカラオケを歌おうということになったので、そちらの
フロアーに移動。

日本のカラオケのシステムとは少し異なり、話相手をしてくれながらお
酒を用意ししてくれる人がついて、歌いたい歌の番号を伝えると予約な
どもしてくれます。

最初に来てくれたママは若くて結婚したばかりとのことでしたが、今回
話したいのは彼女の言語能力の高さにびっくりしたことについてです。

つまり彼女は中国人にはめずらしく英語が堪能で、さらに他の国の言語
まで話せるのです。

最初挨拶から始まり、飲み物の注文をしたりするうちに、円テーブルの
フロアーの話になりました。そちらにはいつも多くの外国人が来るとの
こと。

一番多いのがドイツの人らしく、
「それじゃああなたはドイツ語を話せるのですか?」
と聞くと、
「ほんの少しです。ほとんどは英語で。」と。

中国では英語が話せる人が珍しいので、
「それではどうやって英語を勉強したのですか?」
と聞きました。 (ここからは全て英語での会話です)

特に学校には行っていない。お客さんが教えてくれた。とのこと

つまりここに来るお客さんと「いらっしゃいませ」「何を飲みますか?」
「どこから来たのですか?」というような会話から始まったとのこと。

そのレベルの会話は自分でチョコチョコッと勉強して、あとは全て店に
来たお客さんとの会話で覚えたらしい。

近くの会社に出張できてそのホテルに泊まっていたアメリカ人が、一人
で下のクラブに飲みに来て、親しく片言の英語で聞いてくる女性に対し
て、何度もやさしく会話を教えてくれた・・ということのようでした。

彼女の実力はかなりのもので、店の中で出るような会話はすごくスラス
ラと流暢に話せるほど。文法的にどうだという部分はありますが、それ
以上に聞く方に分かり易いメリハリのある話し方でした。

このことから思ったのは、英語は単なるコミニュケーションのツールだ
ということです。手段ではあり目的ではありません。英語を使ってコミ
ニュケーションしてナンボだということです。

いろいろな勉強の仕方がありますが、やはり重要なのは
  「実地訓練であり、話せるようになるべき必然性があること」
なのだなあと、感じさせられました。

それともう一つ大事なことがあります。中国語を自分で勉強して、急に
自分の会話力が伸びたと感じたときも同じですが、
  「わからないときすぐに相手に質問できるようになること」
です。

わからないときすぐにわからないと意志表示して、何がわからない、ど
ういう意味ですか?と聞くこと。説明を聞いてわからないときには、さ
らに紙に書いて説明してもらうこと。

そうやって一つ一つものにして行くことが重要だと思います。
紙に書いて残すことも大事ですね。
少しあとになると記憶が薄れるので、言いたいときに出てこないときが
ありますが、そのときに復習をするためです。

そういうことを3~4度繰り返すと、ほぼ完全に覚えることができます。

語学の勉強をしていてわからないことがあったときに、すぐにここがわ
からないと言って聞けるようになり始めると、急激に力がついていった
ように思います。

中国なので英語を話すことはないと思っていた場所で、英語を勉強する
上での重要なポイントを復習させてもらった一日でした。
 


2011年6月28日火曜日

◆きょう、中国-香港より帰国しました!

ご無沙汰です。こうしてペンを持つのも・・・あっ違うか、タイプして投稿
するのがですね・・9日ぶりですね。

19日夕方から28日午前の約10日間、香港経由で中国に行って来ま
した。

中国といっても非常に大きい国で、端から端までだと飛行機で5時間以
上かかるようですが、今回行った先は南側のエリアで、比較的香港に近
いところで東莞市という街です。

有名な大都会である広州と深センの中間に位置する街で、香港からは
電車で1時間15分のところにあります。

仕事関係の出張で、今回は2月以来の海外出張となります。

飛行機は往復とも羽田-香港便を使いました。羽田-成田間の移動が
必要ないため、時間的にも費用的にもかなり楽になるからです。

わたしの故郷である秋田からだと、羽田に着陸してから成田に向かうこ
とは、時間とお金をかけて逆戻りすることになり、香港までの飛行時間
も長くなります。

いつも何でこんな無駄な移動が必要なんだろう・・と思っていたのですが、
羽田便ができて本当に楽になりました。

さて本題ですが、途中何カ所かで英語を使うことになり、中国語との切
り換えの混乱などを含めおもしろい体験もありましたので、少しずつご
紹介させていただきたいと思います。

まず最初に移動して行った途中の経路と、英語を使うことになった場所、
その状況について、簡単にご説明致します。

経路:
  大まかには 「秋田空港=羽田空港=香港空港-中国」 です。
  大陸側の詳細は、
              「香港空港…紅ハム駅(九龍)-中国/東莞駅…橋頭鎮」
の順に移動しました。
「=」は飛行機、「-」は電車、「…」はバスと車です。

英語の必要性:
出張ですが予約を含め全て自分で計画し移動しますので、途中香港のあ
たりでは何回か英語を使うことになるときがあります。

トラブルがなければほとんどありませんが、予定外のことがあるときは英
語がたよりとなります。

今回はその辺について解説し、海外旅行の際にはどんなところで英語が
必要になるかを再確認したいと思います。

経路の順に整理してみると、

1)日本国内 ⇒ もちろん不要
2)航空機内 ⇒ 不要 (ただし海外の航空会社は必要なものもあり)
3)香港到着 ⇒ 不要 (入国審査で問題なければ話す必要はなし)
4)中国移動 ⇒ 必要 (乗車券を買うときに必要となります)
5)中国入国 ⇒ 不要 (ただし通関のとき荷物で問題あれば必要)

今回は、飛行機内で1回、香港で行きに2回、戻りのとき1回、中国でも
1回、英語を使うことになりました。

飛行機では洋画観賞のとき、香港ではHSBCという銀行へ行ったとき、
そして中国から香港に戻ってきたとき、中国ではクラブでお酒を飲んだと
きに、英語を使うことになりました。

香港では、ホテルや銀行、ATMなどでは日本とは少しルールが違う部分
がありますので、その点を参考に解説しながら体験した内容について順
に書いていきたいと思います。
 

2011年6月15日水曜日

◆中国広州空港のホテルでも英語に助けられました

2000年のとき初めて中国に行きました。
中国広東省の東莞市に工場があり、出張で3日ほど滞在しただけですが。

当時の中国は現在のように開けた感じではなく、少し暗くて怖い共産圏と
いうイメージがありました。

何かあると日本人はターゲットにされるような。
実際はそのイメージとはずいぶんと違ったのですが。

まあその話はおいといて、突然ですが、出張でのやるべきことが順調に
終わり、帰国することになりました。

行きは成田空港から広州空港に行き、そこで社用車に迎えに来てもらって
いました。

それで帰りもまた空港まで送ってもらうつもりだったのですが、一人の
ドライバーは体調悪くて休みで、もう一人はお客さんを香港へ送るため
に出たあとでした。

そのため良く使っている車があるとのことで予約してもらいました。
しかし実はタクシーではなく白タクでした。

あとでわかったことですが、中国の中では白タクはあたり前のようです。
法律で禁じられてはいるのかも知れませんが、日本のように厳しく
取り締まったりもしていないので、野放し状態のようです。

またホテルやレストラン、日本人料理店などもみな送迎車をもって
います。お客さんの依頼があれば、どこへでも送ってくれます。

社用車がないのでどこかの知っているところに、広州白雲空港までの
送迎を依頼したようでした。

何も知らないわたしとしては、タクシーなら少しは安心するのですが、
白タクでは安心することはできません。

ドライバーはどこの馬の骨ともまったくわからない人で、突然どこかの
小路に車を乗り入れられ、周りを大勢の仲間に囲まれたらアウトです。

結構緊張しながらへんな小路に入り込まないか・・などと気にしながら、
走り続けました。

・・・このまま途中のことを書くと長くなり、本題から逸れるので
また別の機会に投稿したいと思います。

ということで、20時30分頃、何もなく空港に着いたのでほっと一安心。

周辺がすごく渋滞していたのでホテルの少し前で”謝謝!”
と言ってから降りて、ホテルに向かって歩いていきました。

そしてホテルに入ってフロントデスクに行き、
「チェックイン、プリーズ」と言いました。

相手はきょとんとした面もちでこちらの顔を見るのですが、
何も反応しません。
「何でしょうか?」という顔をしているだけです。

英語がわからないのならということで、ホテルを予約してくれた人に
書いてもらった紙を見せると、すぐに予約をチェック始めたようです。

よしよし・・と見ていると、今度は確認が終わって顔を上げ、何かを
しきりに話してきます。何がなんだかわかりません。

仕方ないので紙の上に会社名と自分の名前、予約済、宿泊するなどと
書いて説明すると、またしきりに少し強い調子で返答してきます。
どうも予約がないと言っているような感じです。

異国の地で泊まる場所もなく放り出されることになるかと思うと、
冷や汗がタラリ・・という気持ちになり、すごくあせった状態になり
ました。

とにかく会話ができないと始まらないので、目の前にいる数人の
スタッフに
「あなたは英語が話せますか?」
と聞いても誰からも反応が無し。

「わたしは○○会社の△△です。部屋を予約してあります。」
などと言ってもやはり何も行動が起こりません。

そうこうしているうちに、その中の1名でどこかに電話をかけ、
何かを説明しはじめました。

その会話の意味は当然わからないので、何度も何度も
「困った」「お願いします」調の話をし続けていると、一人黒服の
スタッフが横のドアから入ってきました。

そして、「どうされましたか?」と英語で言ったので、瞬間
「良かった!話ができる!」と思い安堵がこみ上げてきました。

ですがまだ終わりではありません。

再度、会社名や名前、予約済のことを説明すると、すぐに
「申し訳有りませんが、そういう予約はありません。」とのこと。

何度も確認してもらっても「予約はありません。」の返答だけでした。

これは大変なことになったなと思いながら、あせる気持ちを落ち着か
せるためにゆっくりと深呼吸をしました。

というのも、会社に電話して確認してもらったり再予約してもらおうと
しても、携帯電話はないし一般電話の掛け方もわかりません。

とにかく心を落ち着けて頼みの綱である英語を話せるそのスタッフに、
「何とかして下さい。」「どこでも良いので泊めてください。」
「どうしても部屋がないのなら、このロビーに寝ていても良いですか?」
などと、必死に再交渉です。

どこかに泊めてくれないのなら、絶対に帰らない・・と必死で伝えた
せいか、下手な英語でも相手はわかってくれたようで、電話をどこかへ
掛けて交渉を始めました。

2~3分押し問答をしたあとでようやく話がついたようで、その人が
親指を上に立てて「OK」のサインです。

「あー本当に良かった・・・。」とぐっと気持ちがこみ上げてきて、
思わずその人に握手の手を伸ばしていたのを覚えています。

エレベーターで上に移動し6階で降りて部屋に入りました。
本当に狭い小さなシングルベッドとテレビがある部屋でしたが、
そのときのわたしにとっては、暖かくて安心のできる本当にノアの
箱船に助けられて乗ったような気分でした。

やはり海外で一人になる可能性があるのなら、絶対にカタコトでも
英語が話せる必要がありますね!